こんにちは。静観です。
子どもの頃を思い出すと、誰でも一度くらいは、何かに夢中になっていた時期があると思います。
ゲームでも、スポーツでも、料理でも、絵でも、工作でも、何でもいいのですが、周りから見れば「よくそんなに同じことを続けられるな」と思われるくらい、ひとつのことを繰り返していた経験があるはずです。
そのときは、成功法則を学んでいたわけではありません。
特別な目標設定をしていたわけでもないし、引き寄せの法則を意識していたわけでもない。ただ、目の前のことが少しずつできるようになるのが嬉しかった。
昨日より少し上手くなった気がする。
たぶん、その感覚だけで続けていたのだと思います。
大きな成功の前には、たいてい小さな「できた」があります。
今になって思うのですが、子どもの頃の自分たちは、もうすでに成功の感覚を知っていたのかもしれません。
うまくなりたかっただけの時間
昔、格闘ゲームをよくやっていました。
鉄拳やストリートファイターのようなゲームで、友達と朝から晩まで遊びながら、勝ったり負けたりしていました。今のように、何かを学んでいるという感覚ではなく、ただ単純に、もっと上手くなりたいと思っていたのです。
技が出ないのも、負けるのも、自分のせいでした。
でも、そのころは不思議と落ち込みすぎませんでした。もちろん悔しい気持ちはありましたが、悔しいからまたやる。勝てないから、もう少しやる。できないから、やり方を変えてみる。
今思えば、かなり素直でした。
大人になると、ここが少し難しくなります。
- 失敗したら恥ずかしい
- うまくいかないなら意味がない
- 最初から結果が出ないと向いていない
- 他人より遅いと価値がない
こういう考えが、自然と増えていきます。
でも、子どもの頃はそこまで考えていませんでした。うまくなりたいからやる。楽しいからやる。前より少し進んだから、またやる。
成功経験というのは、大きな結果だけではなく、少し前に進めたという感覚の積み重ねです。
この感覚を、大人になってからもう一度思い出してもいいのではないかと思います。
最初からうまくいく人は少ない
コンテンツ販売や発信を始めると、多くの人がすぐに結果を気にします。
記事を書いたのに読まれない。noteを書いたのにスキがつかない。メルマガを書いても反応がない。商品を作っても売れない。
もちろん、反応がないと寂しいです。
何かを出したのに何も返ってこないと、自分のやっていることが間違っているような気持ちになることもあります。これは自然なことです。
ただ、最初からうまくいく人のほうが少ないのです。
ゲームでも、最初から強い人はいませんでした。料理でも、最初から思い通りの味を出せる人は少ない。文章も同じで、最初から人の心に届く言葉を書ける人ばかりではありません。
それでも続けていると、少しずつ見えてくるものがあります。
- どんな言葉だと、自分らしく書けるのか
- どんな記事だと、読者が読みやすいのか
- どんな体験なら、誰かの役に立つのか
- どんな流れなら、商品やメルマガにつながるのか
これは、頭の中で考えているだけでは分かりません。
実際に書いて、出して、反応を見て、また整える。その中で、少しずつ自分の型ができていきます。
うまくいかない時間も、自分の型を作るための材料になります。
ここを飛ばして、いきなり完成形だけ欲しがると、かえって苦しくなるのだと思います。
成功経験は特別なものではない
成功経験という言葉を聞くと、どうしても大きなものを想像してしまいます。
月に何百万円稼いだとか、有名になったとか、大きな実績を出したとか、そういう分かりやすいものを成功だと思いがちです。
もちろん、それも成功です。
でも、本当はもっと小さな成功経験もあります。
昨日より少し分かりやすく書けた。前よりタイトルがよくなった。自分の考えを、少しだけ言葉にできた。読者のことを考えて記事を書けた。
こういうことも、十分に成功経験です。
人は、大きな成功だけで強くなるのではなく、小さな成功を何度も感じることで続けられるようになります。
子どもの頃は、その小さな成功を自然に感じていました。
ゲームで技が出た。料理が前よりおいしくなった。ボウリングで少しスコアが上がった。自転車に乗れるようになった。
誰かに褒められなくても、自分の中では嬉しかったはずです。
大人になってからの発信も、これと同じでいいと思うのです。
うまくいかない経験も、あとから意味が出る
発信やコンテンツ販売では、すぐに結果が出ない時間があります。
記事を書いても反応が薄い。商品を作っても売れない。メルマガを書いても、読まれているのか分からない。
こういう時間は、正直しんどいです。
ただ、その時間が全部ムダになるわけではありません。
書いた記事は残ります。考えた言葉も残ります。作った商品も残ります。うまくいかなかった経験も、あとから「なぜうまくいかなかったのか」を考える材料になります。
見直す場所は、いろいろあります。
- タイトルが弱かったのか
- 読者の悩みとズレていたのか
- 導線が見えにくかったのか
- 商品の価値が伝わっていなかったのか
- 自分の言葉になっていなかったのか
こうして見直していくと、失敗に見えたものも、少しずつ材料に変わっていきます。
うまくいかなかった経験は、終わりではなく、次に整える場所を教えてくれるものです。
だから、すぐに結果が出ないからといって、自分には向いていないと決めなくていいのです。
少し時間を置いて見直すと、「ここを変えればよかったんだな」と分かることがあります。そのとき、過去の失敗はただの失敗ではなくなります。
次に進むための材料になるのです。
子どもの頃の自分は、あきらめるのが遅かった
子どもの頃の自分を思い出すと、意外とあきらめるのが遅かったように思います。
今ならすぐに「効率が悪い」「意味がない」「もっと早い方法はないか」と考えてしまうことでも、子どもの頃は何度も同じことをやっていました。
もちろん、全部を根性で続ければいいという話ではありません。
合わないものは、合わないです。苦しすぎるものを無理に続ける必要もありません。
ただ、自分が本当に好きなものや、これから形にしていきたいものに関しては、少し長い目で見てもいいと思うのです。
発信も、コンテンツ販売も、引き寄せも、すぐに目に見える結果だけで判断すると、途中でやめたくなります。
でも、少しずつ整えていくものだと考えると、見え方が変わります。
今日の記事が、すぐに売上につながらなくてもいい。今日の発信が、すぐに誰かに届かなくてもいい。今日考えたことが、半年後や一年後に別の記事や商品につながることもあります。
積み上げたものは、その場ですぐ結果にならなくても、あとから別の形で戻ってくることがあります。
ここが、発信のおもしろいところです。
大人になっても、もう一度積み上げられる
大人になると、どうしても過去の失敗や年齢を考えてしまいます。
もう遅いのではないか。今さら始めても意味がないのではないか。若い人のほうが有利なのではないか。
そう感じることもあります。
でも、子どもの頃の成功経験を思い出すと、少し違う見方ができます。
最初からうまくできたわけではありませんでした。何度も失敗して、少しずつできるようになりました。できるようになったから楽しくなり、楽しくなったから続けられたのです。
発信も同じです。
最初からきれいに書けなくてもいい。最初から売れなくてもいい。最初から読者の心に深く届かなくてもいい。
大事なのは、自分の中にある経験や感覚を、少しずつ言葉にしていくことです。
そして、その言葉を必要としている人に届くように、記事やメルマガや商品として整えていくことです。
昔できた小さな積み上げは、大人になった今でも、形を変えて使うことができます。
子どもの頃にゲームや遊びの中で覚えた「少しずつうまくなる感覚」は、発信にも、商売にも、人生の立て直しにもつながっていきます。
まとめ
子どもの頃、すでに成功の感覚を知っていました。
何度もやって、少しずつできるようになる。前よりうまくなったことが嬉しくて、また続ける。誰かに言われたからではなく、自分の中から自然に動いていた。
その感覚は、大人になってからも消えていません。
ただ、結果を急ぎすぎたり、人と比べすぎたり、失敗を重く見すぎたりして、見えにくくなっているだけなのだと思います。
発信も、コンテンツ販売も、引き寄せも、最初から完璧にできる必要はありません。
小さく書く。小さく出す。小さく整える。少しずつ、自分の言葉と経験を形にしていく。
その積み重ねが、あとから自分を助けてくれる資産になっていきます。
大きな成功をいきなり目指さなくてもいい。
まずは、子どもの頃のように、昨日より少しだけ前に進んだ感覚を大切にしていけばいいのだと思います。
感謝。













