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これからは、書くより先に話した人が残る

こんにちは。静観です。

最近、あらためて思うことがあります。

これからは、文章をうまく書ける人だけが残るのではなく、自分の中にあるものを、まず外に出せる人が残るのだと思います。

昔は、文章を書くと言えば、机に向かって、キーボードを打って、きれいにまとめることが中心でした。

もちろん、それは今でも大事です。

でも、最初からきれいな文章を書こうとすると、手が止まってしまう人も多いと思うんです。

頭の中では、いろいろ考えている。
言いたいこともある。
経験もある。
伝えたいこともある。

でも、いざ文章にしようとすると、急に難しくなる。

これは、文章が苦手だからというより、最初から「書こう」としすぎているのかもしれません。

書くより先に、まず話す

私は最近、書く前に話すということをかなり大事にしています。

いきなり文章にしようとしない。

まず、思っていることを口に出してみる。
うまくまとまっていなくてもいい。
話があちこちに飛んでもいい。
同じことを何回も言ってもいい。

とにかく、自分の中にあるものを一度外に出す。

書く前に話すと、自分でも気づいていなかった言葉が出てくることがあります。

これが、けっこう大きいんです。

文章として整える前の言葉には、その人の癖があります。

少し変な言い回し。
妙に引っかかる表現。
本人しか出せないたとえ。
考えながら話している途中のゆらぎ。

こういうものが、あとから文章の芯になることがあります。

最初から整った文章を目指すと、そういうものが消えてしまいやすいんです。

インターネットでやることは、昔からそんなに変わっていない

インターネットで発信をして、収入につなげていくためにやることは、昔から大きく変わっていません。

  • 書く
  • 話す
  • 動画にする
  • 投稿する
  • 読んでくれた人との関係を育てる

結局、このあたりです。

道具や場所は変わりました。

ブログもある。
noteもある。
YouTubeもある。
音声配信もある。
メルマガもある。
会員サイトもある。

でも、根っこは同じです。

自分の中にあるものを出して、それを必要としている人に届ける。

これだけです。

ただ、今は昔よりも、出し方の自由度が増えました。

文章を書くのが苦手なら、まず話せばいい。
長い文章が苦手なら、短いメモから始めればいい。
いきなり完成品にしなくても、下書きとして残せばいい。

そう考えると、発信のハードルはかなり下がっていると思います。

noteは、人で選ばれやすい場所だと思う

最近、noteを見ていて思うのは、noteはけっこう人で選ばれやすい場所だということです。

もちろん、タイトルも大事です。
テーマも大事です。
読まれる工夫も必要です。

でも、WordPressほど検索のためにガチガチに考えなくても、その人の空気感で読まれることがあります。

この人の考え方、なんかわかるな。
この人の言い方、落ち着くな。
この人、派手ではないけれど信じられそうだな。

そういう感覚で、読者が近づいてくることがあります。

情報だけなら、どこにでもあります。
でも、その人の温度が入った情報は、その人からしか出ません。

ここが、これからの発信ではますます大事になると思っています。

きれいな文章だから読まれるのではありません。

その人が、どこで悩んできたのか。
何を見てきたのか。
何を避けてきたのか。
どんな言葉を大事にしているのか。

そういうものが文章ににじむから、読まれるんだと思います。

整っていることと、伝わることは違う

文章は、整っていればいいわけではありません。

もちろん、読みにくすぎる文章は困ります。
誤字脱字が多すぎたり、何を言っているのかわからなかったりすると、読者は離れてしまいます。

でも、整いすぎた文章にも、少し弱さがあります。

どこかで見たような言葉。
誰が書いても同じような文章。
きれいだけれど、心に残らない文章。

こういうものは、読んでいる途中で流れていきます。

逆に、少し不器用でも、その人の本音が入っている文章は残ります。

人が読んでいるのは、情報だけではありません。
その人が、どう生きてきたのかも一緒に読んでいます。

だから、発信を資産に変えたいなら、自分の言葉を消しすぎないほうがいいです。

うまく書こうとしすぎて、自分の匂いまで消してしまうと、発信がただの情報になってしまいます。

話した言葉には、その人の癖が出る

話すことの良さは、癖が出ることです。

文章を書いていると、どうしてもかしこまります。

これは変かな。
もっときれいに言ったほうがいいかな。
ちゃんとした言い方にしないといけないかな。

そう考えているうちに、よくある文章になってしまうことがあります。

でも、話しているときは、もう少し素の言葉が出ます。

たとえば、

「なんか、これっておかしいよね」

とか、

「たぶん、ここが大事なんだと思う」

とか、

「うまく言えないけど、こういう感覚なんだよね」

みたいな言葉です。

こういう言葉は、きれいではないかもしれません。

でも、人間らしいです。

そして、その人らしさが残ります。

発信で大事なのは、完璧な文章を書くことではなく、自分の中にあるものを出し続けることです。

ここを間違えると、いつまでも書けません。

完璧な記事を書こうとして、何日も止まる。
きれいな構成を作ろうとして、結局出せない。
人にどう見られるかを考えすぎて、自分の言葉が消える。

それよりも、まず話して、出して、あとから整える。

このほうが、ひとりで発信を続ける人には向いている気がします。

WordPressとnoteの役割を分けてもいい

WordPressとnoteは、同じ文章を書く場所でも、役割が少し違うと思っています。

WordPressは、母艦にしやすい場所です。

記事を整理できる。
固定ページを作れる。
導線を整えられる。
無料レポートやメルマガにつなげられる。
長く置いておく資産にしやすい。

一方で、noteはもう少し人の気配が出しやすい場所だと感じています。

日々の考え。
そのとき感じたこと。
少しやわらかい話。
自分の変化。
読者との距離が近い文章。

こういうものは、noteと相性がいいと思います。

もちろん、どちらが正解という話ではありません。

ただ、発信を資産にしていくなら、場所ごとの役割を考えると楽になります。

noteで自分の考えや温度を出す。
WordPressで記事を整理して、導線を作る。
メルマガで関係を深める。
必要な人に商品や会員サイトを案内する。

この流れができると、発信はただの投稿ではなくなります。

うまく書けない人ほど、話したほうがいい

文章が苦手な人は、いきなり書こうとしないほうがいいです。

まず話す。

今日感じたことを話す。
過去の失敗を話す。
なぜ今それを考えているのかを話す。
誰に届けたいのかを話す。

それを一度、文字にしてみる。

そこから、必要なところを拾っていけばいいんです。

文章を書くというと、最初から完成品を作るように感じるかもしれません。

でも、実際には違います。

素材を出す。
並べる。
削る。
見出しをつける。
読みやすくする。

この順番で十分です。

最初から完成させようとするから、苦しくなるんです。

最初は素材でいい。
言葉のかけらでいい。
まとまっていない話でいい。

そこから記事にしていけばいいんです。

これから残るのは、自分の中にあるものを出せる人

これからは、ただ情報をまとめるだけでは弱くなっていくと思います。

情報は、どんどん増えています。
きれいな文章も増えています。
似たようなノウハウも増えています。

その中で読まれるには、やはりその人自身のものが必要です。

経験。
失敗。
違和感。
好き嫌い。
大事にしている考え方。
人にはうまく説明できないけれど、ずっと残っている感覚。

こういうものを出せる人は強いです。

それは、完璧な知識とは違います。

でも、人の記憶に残ります。

きれいに書ける人より、自分の中にあるものを出せる人のほうが、これからは残りやすい。

私はそんなふうに感じています。

だから、書けないときは、まず話せばいいです。

うまく話せなくても大丈夫です。
まとまっていなくても大丈夫です。
同じ話を何回しても大丈夫です。

自分の中にあるものを出すこと。

そこから、発信は始まります。

書くより先に話す。
話したものを整える。
整えたものを記事にする。
記事を積み上げる。
積み上げたものを、必要な人に届ける。

この流れができると、発信はかなり楽になります。

そして、楽になるだけではなく、その人らしさも残ります。

これからの発信は、無理に立派に見せるよりも、自分の中にあるものを静かに出していくことが大切だと思います。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。

感謝。