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静かに発信を続ける人は、書く人ではなく学び人

こんにちは。静観です。

ひとりで発信を続けていると、よく思うことがあります。

それは、現代はあまりにも邪魔が多いということです。

ブログを書こうと思っても、スマホが鳴る。
noteを書こうと思っても、LINEが気になる。
メルマガを書こうと思っても、何か通知が来ていないか、なぜか自分から確認してしまう。

外からの邪魔もあります。
でも、それ以上にやっかいなのは、自分の中から出てくる邪魔です。

「あれもやらないといけない」
「このままで大丈夫なのか」
「今日はもう疲れた」
「別のことを先にしたほうがいいのでは」

こういう声が、文章を書く時間に入り込んできます。

だから、ひとりで静かに発信を続けるなら、まず大事なのは才能ではありません。

邪魔を減らして、目の前のコンテンツに戻ってくることです。

これができる人は、少しずつ発信を積み上げていけます。

邪魔が多い時代に、そのまま流されない

今の時代は、何もしなくても邪魔が入ります。

通知、SNS、動画、ニュース、メール、家の用事、誰かの言葉、過去の失敗、未来の不安。

外側にも邪魔がありますし、内側にも邪魔があります。

しかも、やっかいなのは、自分で邪魔を見に行ってしまうことです。

通知が鳴っていないのにスマホを見る。
誰からも連絡が来ていないのに確認する。
少し行き詰まると、別のページを開く。
書いている途中なのに、急にどうでもいいことを調べはじめる。

これは、僕も気をつけないとすぐにやります。

だから、コンテンツを作る時間だけは、できるだけ他の情報を遮断します。

スマホの音を切る。
余計な画面を閉じる。
必要な資料だけを開く。
今作っている記事以外のことを、できるだけ考えないようにする。

これだけでも、かなり違います。

もちろん、完全に無音の世界を作ることはできません。
家の音もあります。
外の音もあります。
自分の中の声もあります。

それでも、最初から邪魔が入る前提で環境を作るのです。

集中力があるから書けるのではなく、集中しやすい環境を作るから書ける。

ここを逆にしないほうがいいです。

限界を少し越える時間を持つ

僕は、コンテンツ作りと運動は似ていると思っています。

筋トレでも、ただ回数をこなすだけではなかなか変わりません。

10回と決めて、10回やって終わる。
それも悪くはありません。

でも、本当にきついのは、そのあとです。

10回目が終わってから、もう1回。
もう無理だと思ってから、あと1回。
体が「やめたい」と言っているところで、少しだけ越える。

この時は、余計なことを考えている暇がありません。

仕事の不安も、誰かの言葉も、スマホの通知も、頭の中から消えます。

目の前の1回だけになります。

この感覚は、文章を書く時にも似ています。

もう書くことがない。
もう出てこない。
今日は空っぽだ。
何も浮かばない。

そう思ったところから、もう少しだけ考える。

「本当に何もないのか」
「今の自分が感じていることは何か」
「読んでくれる人に、今日ひとつだけ渡せるものは何か」

そうやって、少しだけ脳からひねり出す。

何も出ないと思ったところから出てくるものに、その人の世界観が混ざります。

もちろん、毎日限界まで追い込む必要はありません。
それをやると続きません。

でも、自分の中で「ここからが勝負だな」と感じる瞬間を、少しだけ持つことは大事です。

その積み重ねが、発信の力になります。

内側の邪魔には、儀式化が効く

外側の邪魔は、ある程度消せます。

スマホを遠ざける。
通知を切る。
作業する場所を決める。
時間を決める。

でも、内側の邪魔は少し難しいです。

心配ごと。
寂しさ。
焦り。
誰かへの怒り。
将来への不安。
過去の後悔。

こういうものは、こちらの都合に関係なく出てきます。

文章を書こうとした瞬間に、急に思い出すこともあります。

だからこそ、儀式化が役に立ちます。

僕の場合なら、作業前にコーヒーを用意する。
机の上を少し整える。
必要なページだけ開く。
書くテーマをひとつ決める。
タイマーを入れて、まず始める。

こういう小さな流れを作っておくと、気持ちが揺れていても作業に入りやすくなります。

やる気があるから書くのではありません。
決めた流れに入るから、書ける状態に近づくのです。

  • 作業前の飲み物を決める
  • 書く場所を決める
  • 最初に開く画面を決める
  • 書き始める時間を決める
  • 終わった後の小さな楽しみを決める

こういう小さなことでいいです。

儀式というと大げさですが、要は「自分を戻すための手順」です。

気持ちが乱れていても、そこに戻れば作業できる。
不安があっても、とりあえず始められる。
完璧ではなくても、今日の1本に向かえる。

ひとりで発信する人には、こういう手順が必要です。

僕らは、書く人ではなく学び人

ここからが本題です。

ひとりで発信を続ける人は、ただの「書く人」ではありません。

本当は、学び人です。

学ぶから書けます。
学ぶから出せます。
学ぶから、自分の言葉が増えていきます。

何も学ばずに、毎日新しいことを書き続けるのは難しいです。

もちろん、経験が多い人なら過去の蓄積から書けます。
でも、それにも限界があります。

出したら、また入れる。
入れたら、また出す。

この流れがあるから、発信は続きます。

たとえば、自分が落ち込んでいるとします。
その時に、ただ「落ち込んでいる」で終わらせない。

なぜ落ち込んでいるのか。
同じような人は、どう考えているのか。
本には何と書いてあるのか。
昔の自分はどう乗り越えてきたのか。
今の自分に合う考え方は何か。

そうやって調べる。
学ぶ。
試す。
少し楽になる。

すると、それはもう自分だけのものではありません。

同じように落ち込んでいる人に、伝えられるものになります。

自分が少し楽になった経験は、誰かの今日を少し軽くする言葉になります。

これが、発信の根っこです。

学んだことを出すと、見えない貯金になる

学んだことを自分の中だけに置いておくのは、少しもったいないです。

もちろん、すべてを出す必要はありません。
自分の中に大事にしまっておくものがあってもいいです。

でも、誰かの役に立つかもしれないことは、できるだけ出していく。

ブログでもいい。
noteでもいい。
メルマガでもいい。
音声でもいい。
動画でもいい。

今は、出せる場所がたくさんあります。

下手でもいいです。
最初からきれいにまとまっていなくてもいいです。

書きながら足せばいい。
調べながら整えればいい。
うまい人の記事を見て、見よう見まねで書いてみればいい。

大事なのは、出すことです。

出すと、見えない貯金が増えます。

見えない貯金というのは、信頼です。
経験です。
文章の筋力です。
自分の考え方の整理です。
読者との小さな接点です。

そして、その先にリアルなお金がつながることもあります。

いきなり大きく稼ぐという話ではありません。
でも、学んで出して、また学んで出していると、少しずつ流れができます。

学ぶ。出す。見直す。また学ぶ。これを続ける人の発信は、いつか資産になります。

ここに、ひとりで発信する面白さがあります。

楽しくなる瞬間がある

発信は、最初から楽しいことばかりではありません。

むしろ、最初は面倒です。

パソコンの前に座る。
管理画面を開く。
テーマを決める。
情報を調べる。
書いてみる。
思ったより書けない。
途中で手が止まる。

ここで嫌になる人も多いと思います。

でも、少し続けていると、ある瞬間があります。

「あれ、この人の記事は見やすいな」
「この見出しの流れ、わかりやすいな」
「この言い方は自分にも使えそうだな」

そういうことが、少しずつ見えてきます。

そして、自分でも書いてみる。

最初はぎこちないです。
でも、気づいたら1000文字、2000文字と書けている時があります。

その時に、

「お、今日けっこう書けたな」

と思える。

これが大事です。

誰かに褒められなくてもいいのです。
アクセスがすぐ増えなくてもいいのです。
売上がすぐ出なくてもいいのです。

自分の中で、少しだけ面白くなる瞬間がある。

おもしろいと思えたら、その発信は続きます。

論理的な記事を書くのが楽しい人もいます。
感情を混ぜた文章が楽しい人もいます。
体験談を書くのが楽しい人もいます。
写真や日常を交えて書くのが楽しい人もいます。

自分が何を面白いと感じるのかは、やってみないとわかりません。

だから、まず出すのです。

好きな道具があるだけで、毎日は少し変わる

僕は、作業環境も大事だと思っています。

ものすごく高いものを揃える必要はありません。
でも、自分が好きだと思える道具が目の前にあると、それだけで作業に入りやすくなります。

パソコン。
キーボード。
モニター。
ノート。
ペン。
コーヒーカップ。
机のまわりの小さなもの。

子供のころ、ミニ四駆やファミコンやラジコンがあるだけで、なんだか嬉しかった感覚に近いです。

目を覚ましたら、そこに自分の好きな道具がある。

これだけで、人生は少し楽しくなります。

ひとりで静かに発信するというのは、派手な世界ではありません。

人間関係で広げるわけでもない。
毎日SNSで目立つわけでもない。
誰かとワイワイするわけでもない。

でも、自分の部屋で、自分の道具を使って、自分の言葉を少しずつ出していく。

その結果、見えない貯金が増え、少しずつ収入の流れにもつながっていく。

僕は、こういう生き方がかなり好きです。

静かに生きるなら、学び続ければいい

ひとりで静かに発信を続ける人は、特別な天才でなくてもいいと思っています。

大事なのは、学び続けることです。

わからないなら調べる。
書けないなら読む。
落ち込んだなら、その理由を学ぶ。
うまくいかないなら、うまくいっている人の流れを見る。
自分に合うものを選び、試して、自分の言葉で出す。

これを続けるだけです。

市場が変わっても、学ぶ力があればまた動けます。
ツールが変わっても、学ぶ力があればまた慣れます。
記事のテーマが変わっても、学ぶ力があればまた書けます。

だから、発信者はただの発信者ではありません。

学び人です。

学ぶから、出せる。
出すから、見えない貯金が増える。
見えない貯金が増えるから、現実も少しずつ変わる。
現実が変わるから、また学びたくなる。

この循環に入ると、ひとりの発信はかなり面白くなります。

邪魔が多い時代だからこそ、情報を遮断する時間を作る。
内側の邪魔が出てくるからこそ、儀式化する。
何も出てこない日があるからこそ、学び直す。
学んだことを、自分の言葉で出す。

それだけで、昨日とは少し違う自分になります。

今日の記事が、誰かに読まれるかはわかりません。
すぐにお金になるかもわかりません。

でも、出したものは残ります。
自分の中にも、ネットの上にも、見えない貯金として残ります。

そう思うと、今日も少し書いてみようかと思えます。

静かに学び、静かに出し、静かに積み上げる。

この道を、これからも大事にしていきたいです。

感謝しております。