こんにちは村本です。
今日は、最近あらためて感じたことを書いてみます。
それは、何かを強く追いかければ追いかけるほど、逆にそれが遠ざかっていくことがある、ということです。
お金もそうですし、成果もそうですし、理想の状態みたいなものも、そうなのかもしれません。
「欲しい、欲しい」
「こうなりたい、こうなりたい」
「早く手に入れたい」
そう思えば思うほど、なぜか入ってこない。
むしろ、もういいやと力を抜いた時とか、今あるものにありがたいなと感じた時のほうが、不思議と向こうから近づいてくるような感じがあります。
これは理屈で説明しきれない部分もあるんですが、感覚としてはかなりあるんですよね。
「これさえやればいい」が通用した時代の名残り

昔は、もっと分かりやすかった気がします。
言われたことをやる。
与えられた役割をこなす。
これさえやっておけば大丈夫と言われたことを、そのままやる。
そういうやり方でも、ある程度は報われる時代があったと思うんです。
もちろん、昔だって簡単なことばかりではなかったでしょうけど、今よりは「決められた正解」に乗っていれば、何とかなる空気があったように思います。
だから今でも、人はどこかで思ってしまうんですよね。
「これさえやっとけば大丈夫です」
「これだけやればうまくいきます」
「正解はこれです」
そう言ってもらえたら、すごく楽です。
自分で考えなくていいからです。
迷わなくていいからです。
責任も少なく感じるからです。
今は、自分を通っていないものに価値が生まれにくい

でも、残念ながら、今はそういう時代ではないんだと思います。
今は、何も考えずにただ真似したものには、あまり価値が生まれにくい。
なぜなら、その人の中を通っていないからです。
自分で悩んで、
自分で引っかかって、
自分で試して、
自分で少しずつ分かってきたこと。
そこを通って初めて、その人の言葉になるし、その人の価値になる。
つまり今は、「これさえやればいい」という答えを外に求め続けるよりも、自分の中で少しずつ育ってきたもののほうが、ずっと大事なんだと思います。
成果は約束されなくても、自分は確実に変わっていく

ただ、ここで難しいのは、そうやって自分でやり続けたからといって、成果が約束されているわけではないということです。
これが苦しいところです。
昔みたいに、
「これを3年やればこうなる」
「これを続ければこういう未来が待っている」
みたいな分かりやすい保証はない。
やっても、何も起きないかもしれない。
続けても、すぐには報われないかもしれない。
でも、それでもやる中で、ひとつ確かなものがあるとしたら、それは自分が変わっていくことなんですよね。
これが大きい。
数字では測れない成長こそ、自分へのギフト

たとえば昔よりも、記事が前より自然に書けるようになったとか。
前は100文字書くのも止まっていたのに、今は割とすっと書けるようになったとか。
あるいは、こうやって自分の考えていることを、前よりも自然に話せるようになったとか。
これって、数字では測りにくいです。
売上みたいに、はっきり見えるものではありません。
でも、確実に変わっている。
確実に前とは違う。
この「前よりできるようになった」という感覚は、とても大事なんじゃないかと思うんです。
もしかしたら、これ自体がギフトなのかもしれません。
結果が出たから価値があるのではなく、変化した自分を感じられること自体が、ひとつの報酬なのかもしれない。
昔より書ける。
昔より話せる。
昔より、自分の言葉で伝えられる。
それって、誰かと比べるものではなくて、自分だけが受け取れる贈り物みたいなものです。
お金は、追いかけるものではなく育った価値の先にある

そして今の時代は、そういう自分の中で育ったものが、あとからお金につながっていく時代でもあるんだと思います。
ここも大事なところです。
お金だけを追いかけても入ってこない。
でも、自分の中で育ったものを、誰かの役に立つ形にしていくと、そこにお金がついてくることがある。
たとえば、自分が悩みながらでも続けてきたこと。
うまくやれなかった時期も含めて、どう乗り越えてきたか。
何を考えて、何に引っかかって、どうやって少しずつ進めるようになったのか。
それをそのまま伝える。
「ただやっただけ」の経験が、誰かの道しるべになる

立派な成功談じゃなくていいんです。
むしろ、
「最初からうまくできた話」より、
「悩みながらでも続けた話」のほうが、
同じところで止まっている人の心には届きます。
なぜなら、多くの人は最初からきれいにできないからです。
途中で止まるし、
悩むし、
分からなくなるし、
これで合ってるのかなと思いながらやる。
だからこそ、悩みながらでもやってきた人の言葉には価値があるんです。
自分では「ただやっただけ」と思っていることでも、他の人から見たら、それが道しるべになる。
ここに、今の時代のお金の入り口があるのかもしれません。
自分の成長を、誰かに渡せる形にしていく

つまり、
自分が成長する。
その成長を自分で感じ取る。
その過程を言葉にする。
同じことで悩む人に渡していく。
この流れです。
大げさなノウハウを作らなくてもいい。
すごい肩書きを作らなくてもいい。
無理に自分を大きく見せなくてもいい。
今の自分が通ってきた道を、言葉にして差し出していく。
それが結果的に、人を引き寄せることがある。
そして、そうやって集まってきた人に対して、もっと分かりやすく伝えたものを商品にしたり、講座にしたり、記事にしたりする。
たぶん、順番はこっちなんですよね。
お金を先に追いかけるよりも、まず自分の中で育ったものを見つける。
その次に、それを必要としている人に渡せる形にする。
そのほうが自然だし、苦しくないし、長く続く。
保証はなくても、ギフトはある

今はもう、「これさえやれば大丈夫」と誰かに言ってもらう時代ではないのかもしれません。
その代わり、自分で感じ、自分で積み上げ、自分で育てたものが、そのまま価値になる時代なんだと思います。
保証はないです。
でも、ギフトはある。
前より書けるようになった。
前より話せるようになった。
前より、自分のことが少し分かるようになった。
そういうものを受け取りながら、今日もまた淡々とやっていく。
もう無理に追いかけなくていい

追いかけすぎず、
でも止まりすぎず、
今あるものに感謝しながら、自分の歩幅で進んでいく。
結局、そういう生き方の先にしか、本当に自分に合ったお金の流れは生まれないのかもしれません。
だからもう、無理に追いかけなくていい。
自分の中で育ってきたものを、ちゃんと見てあげる。
そこから始めればいいのだと思います。





