こんにちは。静観です。
私は、春夏秋冬が少し苦手です。
季節そのものが嫌いというわけではありません。
冬の空気も、春のあたたかさも、夏の強い日差しも、秋の静かな感じも、それぞれに良さはあると思っています。
ただ、その季節ごとに勝手についてくる世間の流れが、どうにも苦手なんです。
冬になればクリスマス、年末、正月。
春になれば卒業式、入学式、新生活。
夏になれば旅行、レジャー、夏休み。
秋になれば食欲の秋、行楽、ハロウィン。
そして、そのたびに何かを買う流れができている。
季節が変わるたびに、世の中から「そろそろこれを買いましょう」と言われているような感覚があります。
もちろん、それを楽しんでいる人を否定したいわけではありません。
イベントが好きな人もいる。
季節ごとの楽しみがある人もいる。
家族や友人と過ごす時間を大切にしている人もいる。
それは、それでいいと思います。
ただ、私にはどうも合わない。
春夏秋冬そのものよりも、そこに埋め込まれている資本主義の流れが、少し重たく感じるんです。
季節に合わせてお金を使う流れ
世の中には、何かにつけてお金を使う流れがあります。
クリスマスだから。
正月だから。
新生活だから。
夏休みだから。
誕生日だから。
記念日だから。
セールだから。
今だけだから。
こういう言葉が、ずっと流れてきます。
気づかないうちに、私たちはその中にいます。
買う理由が、外から次々と用意されている感じです。
もちろん、商売としては自然なことです。
誰かが商品を作り、誰かがそれを届け、誰かが買う。
この流れで生活している人もたくさんいます。
私自身も、コンテンツ販売をしてきました。
だから、売る側の気持ちもわかります。
ただ、どこかでこう思うんです。
人は、ずっと何かに追われるようにして生きているのではないか。
売る側も追われている。
買う側も追われている。
売る側は、次の企画を考える。
次のセールを作る。
次の導線を用意する。
次のキャンペーンを考える。
買う側は、次のイベントに合わせてお金を使う。
次の流行を気にする。
次の不安を埋めるために何かを探す。
その全体の流れが、少ししんどく感じるんです。
生きているだけで、もう十分にお金はかかる
そもそも、人は生きているだけでお金がかかります。
家に住む。
食べる。
服を着る。
体を整える。
移動する。
税金や保険料もある。
電気も水道も使う。
何もしなくても、ただ生活しているだけでお金は出ていきます。
私はたまに、人生そのものを「毒の沼」のように感じることがあります。
少し変な言い方かもしれません。
でも、生きているだけで汚れるし、疲れるし、お腹も空くし、体も整えないといけない。
だから、完全に何もせずに生きることはできません。
毒の沼に入らないことはできない。
でも、どこまで深く入るかは、自分で考えてもいい。
そんな感覚があります。
資本主義社会に生きている以上、お金から完全に離れることはできません。
それはきれいごとでは無理です。
ただ、だからといって、世の中の流れに全部乗らないといけないわけでもありません。
季節ごとの消費。
まわりに合わせる付き合い。
必要以上の見栄。
ずっと何かを買わないと不安になる空気。
そういうものから、少しずつ距離を置くことはできます。
追われる感覚が苦手だった
私は、昔から追われる感覚が苦手です。
もっと稼がなければいけない。
もっとスキルを上げなければいけない。
もっと人とつながらなければいけない。
もっと見せ方をうまくしなければいけない。
もっと反応を取らなければいけない。
こういう空気が、どうも合いません。
もちろん、仕事をする以上、成長は必要です。
自分を磨くことも大切です。
お金を稼ぐことも大切です。
でも、それがずっと「追われている感じ」になると、心が疲れます。
だから私は、ひとりで静かに仕事をする形を選んできました。
人とたくさん関わるより、ひとりで考える。
派手に集めるより、必要な人に届けばいい。
勢いで売るより、静かに積み上げる。
大きく見せるより、自分の感覚に合う言葉を出す。
このほうが、私には合っています。
土日祝日の空気も、少し合わない
資本主義の埋め込みという意味では、土日祝日の空気も少し苦手です。
金曜日の夜だけ機嫌がいい人。
土曜日だけ楽しそうな人。
日曜日の夜になると急に沈む人。
その感覚も、わからなくはありません。
会社勤めをしていれば、そうなるのも自然だと思います。
でも、私はできれば、曜日に機嫌を支配されたくないんです。
金曜日の夜だけ幸せになるのではなく、月曜日の朝も静かに過ごせるほうがいい。
土曜日だけ自由なのではなく、毎日の中に少しずつ自由があるほうがいい。
日曜日の夜に憂うつになるのではなく、明日もまあ大丈夫だと思える暮らしがいい。
いつも機嫌よく、らくに生きるには、まず自分が何に縛られているのかに気づくことが大事です。
世の中の流れに乗ることが悪いわけではありません。
ただ、自分に合わない流れにまで無理に乗る必要はないと思うんです。
ひとり起業は、抜け道ではなく距離の取り方
私は、ひとり起業というのは、資本主義から完全に抜ける方法ではないと思っています。
そんなことはできません。
税金もある。
生活費もある。
売上も必要です。
商品も必要です。
お客さんも必要です。
ただ、ひとり起業には、世の中の流れと少し距離を取れる可能性があります。
誰と働くか。
何を売るか。
どんな言葉で届けるか。
どれくらいの規模でやるか。
どんな暮らし方をしたいか。
このあたりを、自分で考えやすいからです。
もちろん、楽なことばかりではありません。
全部自分で考える必要があります。
発信も必要です。
商品作りも必要です。
売ることからも逃げられません。
でも、誰かが決めた流れに全部合わせなくてもいい。
これは大きいです。
私は、ここに救われてきた部分があります。
自分と似た人を、発信で引き寄せる
では、どうすれば無理なく続けられるのか。
私が大事だと思っているのは、自分と似た感覚の人に届く発信をすることです。
万人に好かれようとしない。
大勢に受けようとしない。
世間体に合わせすぎない。
体裁ばかり気にしない。
自分が好きなものは好きと言う。
苦手なものは苦手と言う。
大事にしている考え方を、静かに出す。
そうしていると、少しずつ似た感覚の人が近づいてきます。
自分を偽って人を集めるより、自分に近い人が静かに見つけてくれるほうが、長く続きます。
日本にたくさん人がいる中で、自分と近い感覚の人が100人でも見つかれば十分です。
1000人もいれば、かなりすごいことだと思います。
全員に届ける必要はありません。
むしろ、全員に届けようとするから、自分の言葉が薄くなります。
発信というのは、自分の感覚を外に置いておくことです。
そこに近い人が、時間をかけて見つけてくれる。
これが、私にとっての発信を資産に変える感覚です。
ときどきマネタイズすればいい
発信をしていると、どうしてもお金の話が出てきます。
無料で出し続けるだけでは、生活はできません。
どこかで商品を案内する必要があります。
有料教材や会員サイト、メルマガ、販売ページも必要になります。
でも、毎回売り込む必要はないと思っています。
普段は、自分の考え方や経験を出していく。
読んでくれる人との信頼を少しずつ積む。
必要なタイミングで、商品やサービスを案内する。
それでいいと思います。
やむなし、資本主義社会なので。
このくらいの感覚でもいいんです。
お金を稼ぐことを汚いものにしなくてもいい。
でも、お金のために自分を曲げすぎなくてもいい。
その間を探していくことが、ひとり起業には大切だと思います。
自分に素直になるほど、仕事は続きやすくなる
価値を提供できる人になれば、長くご飯は食べていけると思っています。
ただ、その価値は、無理に作るものではありません。
自分が経験してきたこと。
自分が考えてきたこと。
自分が失敗してきたこと。
自分が違和感を持ってきたこと。
自分が今も続けていること。
その中にあります。
だから、早いところ自分に素直になったほうがいいです。
春夏秋冬の流れが苦手なら、苦手でいい。
土日祝日の空気が合わないなら、合わないでいい。
人とたくさん関わるのがしんどいなら、ひとりでできる形を探せばいい。
派手な商売が嫌なら、静かに届ける形を作ればいい。
無理に世間に合わせなくても、発信はできます。
むしろ、自分の感覚を隠しすぎないほうが、合う人には届きます。
資本主義の中で、静かに距離を取る
私は、資本主義を完全に否定したいわけではありません。
商品を作る人がいて、届ける人がいて、買う人がいる。
その流れで助かっていることもたくさんあります。
ただ、何でもかんでも消費に結びつけられる流れは、少ししんどい。
季節ごとのイベント。
曜日ごとの気分。
まわりに合わせる消費。
ずっと何かに追われる感覚。
そこから少し距離を置きたいだけです。
そのために、私は発信をしています。
自分の考えを出す。
似た感覚の人に見つけてもらう。
価値を届ける。
ときどき商品を案内する。
静かに仕事を続ける。
この流れが、自分には合っています。
世の中の大きな流れから完全に抜けることはできません。
でも、自分の暮らし方、自分の働き方、自分の言葉の出し方は、少しずつ選ぶことができます。
それだけでも、かなり楽になります。
春夏秋冬が苦手。
そう感じたところから、自分の生き方を見直してみてもいいのかもしれません。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
感謝。













