こんにちは。静観です。
正直な話、人は嫌なことをずっと続けることはできないと思っています。
一時的にはできます。お金のため、生活のため、家族のため、将来のため。そうやって自分に言い聞かせながら、嫌なことを続けることはあると思います。
でも、それをずっと続けていると、どこかで心が動かなくなります。
体は動いているのに、心がついてこない。文章を書いていても楽しくない。発信していても苦しい。誰かの正解に合わせているうちに、自分が何を言いたかったのか分からなくなっていく。
これは、けっこう怖いことです。
嫌なことを努力で続けるより、好きなことを静かに積み上げたほうが、長く残ることがあります。
昔は、SEO対策を意識して記事を書いたこともあります。キーワードを選んで、そのキーワードに合わせて構成を作って、検索されやすいように文章を書く。
それが楽しい人は、たぶんブログで大きく伸びます。
でも、どうしてもそれに従えない人もいます。
自分の中から出てくる言葉ではなく、検索に合わせた言葉ばかり書いていると、だんだん苦しくなる人です。自分も、そちら側です。
では、そういう人はブログや発信に向いていないのか。
そんなことはないと思っています。
好きなことしかできない、を下に見ない
「自分は好きなことしかできない」
こう言うと、少しわがままに聞こえるかもしれません。嫌なことから逃げているようにも見えるかもしれません。
でも、見方を変えると、これは自分を知っているということでもあります。
嫌なことを無理に続けても、自分の場合は続かない。人に合わせすぎると、心がすり減る。誰かの成功法則をそのままなぞろうとすると、だんだん発信が嫌になる。
それが分かっているなら、最初から別の道を選んでもいい。
「好きなことしかできない」ではなく、「好きなことを中心に続けていく」と決める。
この言い換えだけでも、少し気持ちは変わります。
下から自分を責めるのではなく、自分の性質を認める。嫌なことを続けられない自分を否定するのではなく、好きなことなら続けられる自分を使う。
発信は、そこからでも育ちます。
むしろ、ひとりで長く続けていくなら、この感覚はかなり大事だと思っています。
凡人でも、発信は積み上げられる
自分のブログも、好きなように書いてきた記事が多いです。
もちろん、全部がうまくいったわけではありません。読まれない記事もたくさんあります。今見ると、荒い記事もあります。時代に合わなくなった記事もあります。
それでも、書いてきたものは残ります。
ブログ記事、固定ページ、ランディングページ、動画、メルマガ、教材。ひとつひとつは小さくても、長く続けていると、あとから見たときに大きな山になります。
過去には、ブログだけで1日350アクセスくらい来ていた時期もありました。
ものすごい数字ではありません。大成功というほどでもありません。
でも、顔を出さず、派手に交流せず、好きなことを中心に書き続けて、それくらいの流れができるなら、ひとりで発信する人にとっては十分に意味があります。
凡人でも、続けたものはちゃんと残ります。
天才のように一気に伸びなくてもいい。SNSで目立たなくてもいい。誰かのように上手くできなくてもいい。
自分の言葉で書いたものを、少しずつ積み上げていく。
それが、発信を資産に変える最初の形です。
SEOに合わせられない人にも道はある
SEOが大切ではない、という話ではありません。
検索される言葉を知ること。読者が何に悩んでいるかを考えること。タイトルや見出しを整えること。これらは、やったほうがいいです。
ただ、それに合わせすぎて、自分が書けなくなるなら本末転倒です。
SEOのために書いているのに、書くこと自体が嫌になってしまう。読者のために整えているはずなのに、自分の言葉が消えていく。
それでは続きません。
だから、SEOは少し意識するくらいでいい人もいます。
たとえば、タイトルだけ少し分かりやすくする。見出しだけ整える。記事の最後に関連記事を置く。読者が次に何を読めばいいか分かるようにする。
それくらいでも、やらないよりはずっといいです。
発信は、完璧に整えてから始めるものではありません。出しながら整えていくものです。
好きなように書く。あとから見直す。読者に伝わりにくいところを直す。必要なら、土台記事や無料レポートへの流れを作る。
この順番でもいいと思っています。
最初から正解に合わせようとすると、動けなくなる人がいます。そういう人は、まず自分の言葉を出すことを優先したほうがいいです。
どう思われてもいいから、まず出してみる
発信を始めると、どう思われるかが気になります。
こんなことを書いて笑われないか。薄いと思われないか。自分よりすごい人がたくさんいるのに、今さら書いて意味があるのか。
そう考えているうちに、何も出せなくなります。
でも、出さなければ何も分かりません。
読まれるかどうか。反応があるかどうか。自分に合っているかどうか。続けられるかどうか。これは、頭の中で考えているだけでは分からないのです。
出してみて、初めて分かります。
読まれない記事があってもいいです。反応がない日があってもいいです。思ったほど伸びない時期があってもいい。
それは、「お前には無理だ」という意味ではありません。
ただ、まだ届いていない。まだ形が粗い。まだ読者との接点が少ない。それだけのことも多いです。
見向きもされない時期は、自分の言葉を整える時間でもあります。
ここでやめてしまう人は多いです。
けれど、発信は何度でもやり直せます。記事も直せます。タイトルも変えられます。導線も整えられます。
一回出して終わりではありません。
積み上げながら、あとから何度でも整えていけばいいのです。
人生も発信も、色を付け直していい
今の自分の生活や仕事や人間関係は、これまで自分が選んできたものの積み重ねでもあります。
もちろん、全部が自分の責任だと言いたいわけではありません。環境もあります。時代もあります。どうしようもない出来事もあります。
それでも、これからどう色を付けていくかは、少しずつ選べます。
嫌な人間関係から離れる。合わない仕事を減らす。見栄を手放す。いらないものを捨てる。静かな時間を作る。
そうやって余白ができると、発信もしやすくなります。
自分が何を考えているのか。何を大切にしたいのか。何をもうやめたいのか。何を残していきたいのか。
そういうものが見えやすくなるからです。
発信は、ただ記事を書く作業ではなく、自分の人生を少しずつ整える作業でもあります。
無理に人に合わせていたら、なかなか自分の言葉は出てきません。
だからこそ、嫌なことを減らす。好きなことを残す。静かな時間を作る。
そのうえで、ひとつずつ書いていく。
これでいいと思っています。
嫌なら逃げてもいい
間違っていたら、逃げてもいいと思っています。
逃げるという言葉には、悪い印象があります。でも、本当に合わない場所から離れることは、自分を守るために必要なこともあります。
嫌な仕事。苦しい人間関係。合わない発信方法。無理な売り方。自分を大きく見せ続ける場所。
そこにずっといると、心が削られていきます。
もちろん、自由には責任もあります。
好きなことだけをやると決めたら、その結果も自分で受け取る必要があります。うまくいかない時期もあります。思ったより反応がないこともあります。
それでも、嫌なことに心を壊されながら続けるより、自分の性質に合った形で小さく続けるほうがいい。
少なくとも、自分はそう感じています。
ブログを書くことは好きです。
文章を書くことも好きです。考えを整理することも好きです。自分の中にあるものを、必要な人に向けて静かに置いていくことも好きです。
だから続けられました。
そして、これからも書いていくと思います。
まとめ
凡人でも、発信は育てられます。
ただし、自分に合わないことを無理に続ける必要はありません。
SEOも大切です。マーケティングも大切です。読者のことを考えることも大切です。
でも、それ以前に、自分が続けられる形であること。
ここを無視すると、どこかで苦しくなります。
好きなことを中心に書く。嫌なことは減らす。自分の言葉で出す。あとから整える。
この流れでいいと思っています。
顔を出さなくてもいい。人気者にならなくてもいい。強く売り込まなくてもいい。
自分の考えや経験を、ひとつずつ文章にして残していく。すぐに大きな結果にならなくても、残したものはあとから見直せます。整えられます。導線にもできます。商品にもできます。
発信は、完璧な人だけのものではありません。
不器用でも、凡人でも、何度もやり直しながら続けていけばいい。
嫌なことをしないと決めるのは、逃げではなく、自分に合う道を選ぶことでもあります。
静かに、自分の好きなことを積み上げていく。
その先に、自分らしい発信の形が見えてくると思っています。
最後まで読んでいただき、感謝です。













